東洋医学の現場から

「面構え」と漢方薬

「面構え」と漢方薬

漢方の診療では、様々な診察法を通して患者さんの状態を把握し使う薬を選択する過程に修練が必要なのですが、パッと見た第一印象で「あ、この人は○○湯!」とわかることがあります。

日本画家、片岡球子(1905-2008)の代表作に、古今の著名人の特徴を捉えて描いた「面構え」というシリーズがあります。鎌倉の神奈川県立近代美術館には、その中の室町幕府の3人の将軍が展示されています。この絵を見たときに、それぞれに合う漢方薬が頭に浮かびました。

まずは、室町幕府の開祖、足利尊氏。

片岡球子 「面構 足利尊氏」神奈川県内立近代美術館寄託

片岡球子 「面構 足利尊氏」神奈川県内立近代美術館寄託

この方は防已黄耆湯。昭和の漢方の大家、大塚敬節先生が「水太りの有閑マダム型の婦人」と評した様に、体表に水分が溜まりやすい人の薬です。絵では皮膚が全体に黄色っぽく水太りで、何処と無くノンビリした印象です。

次は、3代、足利義満。
南北朝の動乱を平定し、金閣寺の造営や世阿弥のパトロンになるなど北山文化の保護者であり、まさに英雄の名にふさわしい将軍です。

片岡球子「面構 足利義満」神奈川県内立近代美術館寄託

片岡球子「面構 足利義満」神奈川県内立近代美術館寄託

この方は黄連解毒湯。原典では古代中国の将軍に使ったと記載され、体の上部の熱を冷ます薬です。この薬の合う人は、活力がある反面、頭に血が上りやすく、怒りっぽかったり血圧が上がったりします。現代の敏腕ビジネスマンにも時々見られるタイプです。

最後に、8代、足利義政。
政治的には最も無能で、義政の後継争いのために起こった応仁の乱により京都の町は破壊され幕府は崩壊、時代は戦国へと移ります。その反面美意識に優れ、義政が傾倒した東山文化は、茶道・華道・建築など多方面に渡りその後の日本文化の源流となっていきます。

片岡球子 「面構 足利義政」神奈川県内立近代美術館寄託

片岡球子 「面構 足利義政」神奈川県内立近代美術館寄託

この方は真武湯。全身の冷えが強く代謝が低下し血や水が巡らなくなった人の薬です。体力の低下したお年寄りなどに時々見られます。義政は政治向きの事に関しては冷たく、テンションが低かったのは確かです。

この3人を見て、義満・義政はイメージ通りですが意外だったのは尊氏です。彼は、明治時代以降の歴史観では、南朝の後醍醐天皇に半逆した逆賊とのイメージが強かった筈です。

片岡球子は、足利家の菩提寺、京都の等持院を訪れた際に見た尊氏の木像の意外な優しさに、絵のインスピレーションを得たそうです。
同じ人や事象でも様々な角度から光をあてることにより違って見えてくる、歴史とは、本当に面白いものですね。

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