東洋医学の現場から

プラセンタ(紫河車)について

プラセンタ(紫河車)について

胎盤

図1

現在、プラセンタ(胎盤)製剤は疲労回復・アンチエイジング等の目的で、注射やサプリメントなど、男女共に幅広い年齢で利用者が増加しています。プラセンタとはいつ頃から、どのような目的で使われていたのでしょうか。

古くは古代ギリシアの名医ヒポクラテスやクレオパトラが使用したとされますが、確かな文献上の証拠はありません。薬として使われた記録が登場するのは739年、中国の唐の時代の『本草拾遺』(ほんぞうしゅうい)という薬の本が最初です。
中国ではプラセンタ(胎盤)は紫河車(しかしゃ)とよばれています。河車とは水車のことで、中央に臍帯(へそのお)がついていて、周りに血管が走っている形と色からこのように呼ばれていました(図1)。宋、金、元、明の時代に、様々な名医が紫河車を使用した記録が残っています。使用対象は、表1の様な人で、様々な疾患の治療に使われました。

表1.紫河車が有効な人

  1. 男女一切の虚労労極(疲れきった人)
  2. 婦女骨蒸労損(婦人が結核などで衰弱した状態、あるいは出産による障害や更年期障害も含まれます)
  3. 五労七情による吐血や羸痩(種々の肉体的・精神的ストレスにより血を吐いたりやせ細った人)

一方、日本では、金沢に混元丹という胎盤を含む民間薬はあるものの、中国に比べると盛んに使用されていたとはいえませんでした。これは、日本には,古来の神道や仏教の影響による「穢れ」の概念があり、死や出産に関係するもの、血液等は穢れているとして忌み嫌う傾向があったためだと思われます。実際に江戸時代の名医の中には、胎盤は薬として使用すべきでないと主張する者もいました。中国ではどちらかというと胎盤は「世界や生命の根源」として捉えるのに対し、対照的なことと思われます。この考え方が日本で一変したきっかけは第2次世界大戦でした。

それに先立ち、近代医学の分野では、旧ソ連のオデッサ大学教授で眼科医のV. P. フィラトフ博士が、埋没療法という治療法を発表します。これは、角膜移植にヒントを得て、冷凍保存した胎盤を皮下に埋め込む治療法で、病気の治療に高い成果が得られることを発見しました。日本でも戦後の一時期、胎盤埋没療法により喘息や婦人科疾患の治療が行われました。

一方日本では、太平洋戦争末期の1943 年、極度の食糧不足解消のために国家命令で「高度栄養剤」の開発が始められ、これに呼応して、ヒト胎盤を活用して栄養補給剤を作ることを提案したのが京都大学医学部産婦人科教授、三林隆吉博士でした。従来の「穢れ」の概念からすると驚天動地の考えともいえますが、これに引き続いて終戦後、旧ソ連から伝えられた胎盤埋没療法をもとにより使いやすい注射薬の開発が進められ、組織療法研究所の益子義教医師らにより注射薬『メルスモン』、久留米大学医学部病理学教授の稗田憲太郎博士により注射薬『ラエンネック』が開発されました。『メルスモン』は更年期障害・乳汁分泌不全、『ラエンネック』は肝機能障害に保険適応があり、現在広く使用されています。この他に内服薬(クラシエの『ボンプラセンタ』等)ありますが、現在内服薬はすべてブタ・ウマなど動物由来となっています。

プラセンタは保険適応のある更年期障害や肝機能障害以外に、表にあるような様々な疾患に有効なことが報告されています。

表2.プラセンタ注射剤の有効な疾患
(「プラセンタ療法と統合医療」、吉田健太郎、日本胎盤臨床研究会研究要覧No2、2008より改変)

内科 頭痛・口内炎・気管支炎・喘息・胃弱・食欲不振・便秘・肝炎・高尿酸血症・肝硬変・パーキンソン病・るいそう・胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍
整形外科 肩こり・むちうち・五十肩・腰痛・ひざ痛・筋肉痛・関節リウマチ・関節痛・神経痛
外科 外傷・手術後の創傷治癒・下肢静脈瘤
婦人科 更年期障害・乳汁分泌不全・生理痛・生理不順・無月経・不感症・冷え性
皮膚科 アトピー性皮膚炎・肌荒れ・しみ・乾燥肌・脱毛症・皮膚潰瘍
神経科 自律神経失調症・うつ病・不眠症・拒食症・てんかん・不安神経症・パニック症候群
泌尿器科 前立腺肥大・夜尿症・性欲低下
眼科 アレルギー性結膜炎・眼精疲労・視力低下
耳鼻科 アレルギー性鼻炎・耳鳴り・めまい・難聴・メニエール病・嗅覚低下
歯科 歯槽膿漏・味覚低下・口内炎・舌炎
その他 インターフェロン・抗癌剤・放射線照射後の副作用軽減
現代医学では治しづらい病気に効く
即効性のある疾患 痛み・視力・肩凝り・肝臓・疲労感・不眠・肌のはり・冷え

このような多様な疾患に効くということは、西洋医学の考え方ではとうてい理解し難いことですが、東洋医学の考えを用いれば、表1の様な効きやすい状態や体質(東洋医学ではこれを「証」といいます)の人であれば、様々な疾患に用いることができます。実際に中国の古い医学書でも、現代の表2の様に様々な病気に使われています。

現在、プラセンタ製剤は疲労回復・アンチエイジング等の目的で使用が増加しています。プラセンタ製剤は第2次大戦をきっかけに使用が広まり、高度成長期には下火となりました。今回再び注目されていることは、現在の日本が失われた20年以降、目には見えない経済戦争の敗戦の中にいる事を象徴している様で,複雑な思いがします。また、ヒトプラセンタ注射剤の原料である日本人健康女性由来の胎盤は、限りのある大切な材料です。その使用にあたっては適応症を選択し、濫用を慎み、先人の対応を認識した上で使用したいと考えています。

goto-topページトップへ